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最高裁判所第三小法廷 平成元年(オ)573号 判決

上告人

株式会社大和館

右代表者代表取締役

奥村信幸

右訴訟代理人弁護士

楠田堯爾

加藤知明

田中穣

右補助参加人

奥村武彦

右訴訟代理人弁護士

初鹿野正

被上告人

奥村俊幸

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

一上告代理人楠田堯爾、同加藤知明、同田中穣の上告理由第一点及び第二点並びに上告補助参加人代理人初鹿野正の上告理由第二点及び第三点について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

二上告代理人楠田尭爾、同加藤知明、同田中穣の上告人理由第三点及び上告補助参加人代理人初鹿野正の上告理由第一点について

株式を相続により準共有するに至った共同相続人は、商法二〇三条二項の定めるところに従い、右株式につき「株主ノ権利ヲ行使スベキ者一人」(以下「権利行使者」という。)を定めて会社に通知し、この権利行使者において株主権を行使することを要するところ(最高裁昭和四二年(オ)第八六七号同四五年一月二二日第一小法廷判決・民集二四巻一号一頁参照)、右共同相続人が準共有株主としての地位に基づいて株主総会の決議不存在確認の訴えを提起する場合も、右と理を異にするものではないから、権利行使者としての指定を受けてその旨を会社に通知していないときは、特段の事情がない限り、原告適格を有しないものと解するのが相当である。

しかしながら、株式を準共有する共同相続人間において権利行使者の指定及び会社に対する通知を欠く場合であっても、右株式が会社の発行済株式の全部に相当し、共同相続人のうち一人を取締役に選任する旨の株主総会決議がされたとしてその旨登記されている本件のようなときは、前述の特段の事情が存在し、他の共同相続人は、右決議の不存在確認の訴えにつき原告適格を有するものというべきである。けだし、商法二〇三条二項は、会社と株主との関係において会社の事務処理の便宜を考慮した規定であるところ、本件に見られるような場合には、会社は、本来、右訴訟において、発行済株式の全部を準共有する共同相続人により権利行使者の指定及び会社に対する通知が履践されたことを前提として株主総会の開催及びその総会における決議の成立を主張・立証すべき立場にあり、それにもかかわらず、他方、右手続の欠缺を主張して、訴えを提起した当該共同相続人の原告適格を争うということは、右株主総会の瑕疵を自認し、また、本案における自己の立場を否定するものにほかならず、右規定の趣旨を同一訴訟手続内で恣意的に使い分けるものとして、訴訟上の防御権を濫用し著しく信義則に反して許されないからである。

記録によれば、(一) 被上告人の本件訴えは、(1) 奥村俊二は、上告会社の発行済株式の全部である七〇〇〇株(以下「本件株式」という。)を所有していたところ、昭和五七年三月二四日死亡し、妻正枝及び被上告人(長男)、上告会社代表者奥村信幸(二男)、上告補助参加人奥村武彦(三男)外四名の子が本件株式を共同相続し、昭和六〇年二月二三日右正枝も死亡して、被上告人外六名がこれを共同相続した、(2) 同年二月二四日開催の上告会社の株主総会において奥村信幸の外奥村朝子及び奥村まゆみを取締役に、奥村武彦を監査役にそれぞれ選任する旨の決議(以下「本件決議」という。)がされたとして、同年三月一一日その旨商業登記簿に登記された、(3) しかし、右株主総会が開催されて本件決議がされた事実は存在しない旨主張して、上告会社に対し、本件決議の不存在確認を求めるものであること、(二) これに対し、上告会社は、共同相続人間において、本件株式の遺産分割は未了であり、右株式につき権利行使者を定めてその旨上告会社に通知する手続もされていないとして被上告人の訴えの利益ないし原告適格を争っていることがあきらかである。そうすると、前記説示に照らし、本件においては、被上告人が本件決議の不存在確認の訴えを提起しうる特段の事情が存在するものというべきであり、被上告人の原告適格を肯認した原審の判断は、その結論において是認することができる。論旨は、以上と異なる見解に立ち、又は原判決の結論に影響を及ぼさない部分をとらえてその違法をいうものにすぎず、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八五条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官園部逸夫 裁判官坂上壽夫 裁判官佐藤庄市郎 裁判官可部恒雄)

上告代理人楠田堯爾、同加藤知明、同田中穣の上告理由

第一点 乙第一号証の記載内容と同書面作成者奥村正枝の真意認定についての採証法則違反並びに理由不備ないし理由齟齬

一、原判決は第一審における福本順子に対する証人尋問の結果及び、本件訴訟において書証として提出されている名古屋地方裁判所昭和六一年第三三九二号賃料請求事件に於ける、同人に対する本人尋問(〈証拠〉)調書によって、乙第一号証について、その文面の内容が母奥村正枝にとって意に添わないものであったと認定している。

二、右書証(〈証拠〉乙第一号証、確認書と題する書面)は母正枝が父奥村俊二による奥村信幸に対する名古屋市千種区唐山町三丁目五番二の土地(以下「本件土地」という。)の生前贈与及び上告人会社の株式の生前贈与の事実について、奥村俊二の家族で、右俊二、正枝、信幸以外の者の中には、真実をはっきり知らない者もいるので、後々の為に真実を書き残して置こうとの正枝の発案で正枝が口述したのを信幸に書かせて、右確認書と題する書面を作成し、同書面に正枝自身が「上記の通りです」と書き、署名、捺印したものである。

しかるに原判決は右確認書の文面は信幸が書き、正枝は同書面に署名捺印したのみであると明らかに確認書作成の趣旨を誤って認定をしているが、不当である。

三、しかして順子は右本人尋問調書(〈証拠〉)において、母正枝が反対したのは、正枝自身の名義の土地(名古屋市千種区唐山町三丁目六番の2、同番4、同番5の各土地のことであり、本件土地である千種区唐山町三丁目五番2とは別の土地である。)まで、信幸に贈与したとすることであり、本件土地については母正枝はむしろ信幸にこれだけのものは遣りたいと正枝自身もいっていたということを供述している。

そして母正枝名義の右土地のことは、同確認書と題する書面の中では全然触れられていないことは明らかである。

また上告人会社の株式の贈与については順子の右尋問調書では母正枝の意向については反対とも何とも、触れられてはいない。

従って原判決がただ母正枝に意に添わないものであったと認定することは、いかなる理由に基づくものか、不明であり、到底納得が出来ない。

そもそも右確認書の内容が正枝の意に添わなかったか否かは、正枝自身に聞かなければ分からないことである。

従って原判決が、当事者双方が母正枝の意向について認めていた事実を無視してまで、本件土地を取得し、上告人会社の株式を取得することが、全面的に正枝本人の意思に添わなかったものであるとまで正枝の心境の中に立ち入って忖度・憶測して断言することは、余りにも独断のそしりを免れず、採証法則違反の違法があると言うべきである。

四、また右確認書(〈証拠〉)の「内容」が、〈証拠〉から判断して正枝の意思に添わなかったものとまで認定することはその理由が不明であり、原判決に審理不尽による理由不備ないし理由齟齬があるというべきである。

五、よって原判決は破棄されるべきである。

第二点 亡奥村俊二遺産分割申立書(甲第四号証)についての経験則及び採証法則違反と理由不備

一、〈証拠〉の名古屋家庭裁判所に対する亡奥村俊二の遺産分割申立書は昭和五九年一月三〇日に提出されたものであるが、右遺産分割調停申立書は奥村俊二遺産について、相続人ら間で争いがあったので、家庭裁判所において遺産分割について、円満に話しをつけるため、遺産範囲につき争いになっている財産も含めて全部調停を申し立てた所、その意に反して調停は成立に至らなかったのであり、そのため約一年後の昭和六〇年一月二日に、奥村正枝が前記のように右俊二遺産についての事実関係を明らかにして、家族の者の誤解を解く目的で右確認書と題する書面(〈証拠〉)を書いたのである。

従って右甲第四号証と乙第一号証の作成年月日には時間的に約一年ものずれがあるのはそのためであり、乙第一号証の方が正枝本人の真意を伝えるものということができる。

よって上告人が、奥村信幸が奥村俊二から生前贈与を受けたとして主張している物件が右家庭裁判所に対する遺産分割調停申立書に未分割遺産として記載されているからといって、その後の経過を無視して、直ちに本件訴訟において右物件の贈与の事実の有無につき、その理由とすることは出来ないというべきである。

二、そもそも家庭裁判所に調停を申し立てた事項を以て、全然その趣旨と手続きを異にする民事訴訟である本件訴訟で証拠とすることは、民事裁判制度の意義を没却するものであり、不当である。

もしかかることが安易に認められるならば、そもそも互譲を旨とする調停や和解制度はたちまち崩壊するに至ることは火を見るより明らかである。

三、従って以上の点において、原判決には経験則及び採証法則違反並びに理由不備の違法がある。

よって原判決は破棄されるべきである。

第三点 原判決の判決理由一の9(二)における判断の法令違反と理由不備について

一、原判決はその判決理由一の9(二)において、「被控訴人は株主であった俊二の相続人として控訴会社の株式を他の相続人と共有することにより、本訴における訴の利益を肯定されるものであるとはいえ、本訴は前記株主総会決議不存在確認の法理に従い、この決議の存否に利害関係をもち、これを争う利益を有するものであるならば、必ずしも株主でなくとも提起できるのである。」と判定している。

右判定の文言のうち、始めの「被控訴人は……肯定されるものであるとはいえ、」までの前段と「この決議の存否に……株主でなくても提起できるのである。」までの後段との文意の続き具合が曖昧であり、これでは一体この部分の判決文が何を言わんとしているのか、その文章の意味が不明であり、理解できない。

二、前段において被上告人は上告人会社の株式を他の相続人と共有するとしているが、株式を共有しているならば、当然商法第二〇三条二項の定める所により株主の権利を行使すべき者一人を定めることを要するのであり、右明文の規定を無視することは法令違反である。

三、次に後段において「この決議の存否に利害関係をもち、これを争う利益を有するものであるならば、」としているが、被上告人が本件決議についてその有するという、「争う利益」なるものについては何ら指摘されていない。

上告人会社の株式が奥村俊二の相続人間で未分割遺産であるとしたならば、その株式の所有権の帰属は今後の遺産分割により決定されるべきものであることは当然である。

しかして、仮に被上告人が上告人会社の株式について相続による持分を有するとしても、上告人会社の株式は奥村俊二の遺産の一部を占めるに過ぎず、その遺産分割の結果によっては、被上告人が上告人会社の株式の所有権を取得しないことも充分有り得ることである。

従って、遺産分割も未了であり、株主権も行使できない状態にある被上告人が本件株主総会決議の存否について争う利益とは果たして何かを明らかにせずして、原判決がただ単純に訴えの利益ありと即断することは、理由不備であり、審理不尽である。

よって原判決は破棄されるべきである。

上告補助参加人代理人初鹿野正の上告理由

第一点 原判決には、判決に影響を及ぼすべき本件訴訟適格ないし本件訴えの利益に関する法令解釈、適用の誤り及び理由不備ないし理由齟齬の違法がある。

一、原判決は、被上告人は株主であった奥村俊二の相続人として上告人会社の株式を他の相続人と共有することにより、本訴における訴えの利益を肯定されるものであるとはいえ、本訴はこの決議の存否に利害関係をもち、これを争う利益を有するものであるならば、必ずしも株主でなくても提起出来るのであり、従って、被上告人は株主の名義書換請求もせず、株主共有者間において株主権を行使するものを定めてこれを上告人会社に届けることもしていないが、本訴を提起できるものと解すべきである、と判示している。

二、原判決の右判示は必ずしも判然としないが、その趣旨は、被上告人は被上告人会社の株主ではないが、株主奥村俊二の相続人として上告人会社の株式を共有する者であるから、本訴を提起できるとするものと解される。

しかしながら、株式を相続により共有取得した者でありながら、しかも株主でない者という存在を認めるというのは、それ自体矛盾した解釈であり、理由齟齬というべきであり、かつまた、被上告人は株主奥村俊二の相続人として上告人会社の株式を共有することにより、本訴における訴えの利益を肯定されるとしているが、仮に被上告人が右俊二の遺産である上告人会社の株式につき、相続による持分を有するとしても、株主の名義書換や権利行使をする者の届け出も上告人会社に対してしていない段階で、単なる持分権を有するだけで、本件訴えを提起する利益が肯定されるというのは、商法第二〇三条二項の明文の規定に反するものと言わなければならない。

三、さらに、株主でなくても、「株主総会決議の存否に利害関係をもち、これを争う利益を有するものであるならば、本訴を提起できる」というが、では単なる株式の持分権を有するに過ぎず株主権を行使できない被上告人が、一体いかなる利害関係をもち、これを争う利益を有するのか、については、原判決では何ら明示されておらず、不明であり、理由不備と言わざるを得ない。

しかして、この点は、遺産分割も終了しておらず、株主権を行使できない被上告人には、本件総会決議の存否について何の法律上の利害関係も、争う利益もないと言うの他はない。ことに、本件においては、上告人会社の株式は(仮に遺産としても)俊二の遺産のごく一部を占めるに過ぎないものであり、仮に被上告人が本件株式につき相続による持分を有するとしても、現実に遺産分割がなされれば、従前の経過から考えても、本件株式は上告人会社代表奥村信幸が取得し、被上告人は本件株式を取得しない可能性が強いのである。このように、株式につき遺産分割未了の状態では、権利は不確定のままであり、遺産分割の結果によっては権利を取得しないことも十分有り得ることであり、このような状態のままで、単純に本件訴えの利益ありと即断するのは、明らかに誤りであり、違法である。

五、以上のように被上告人には本件訴えの利益はないと解すべく、訴えの利益ありとした原判決(第一審判決)は違法であり、破棄を免れない。

第二点 原判決には、判決に影響を及ぼすべき〈証拠〉の記載内容と同書面作成者奥村正枝の真意認定についての採証法則違反並びに理由不備ないし理由齟齬の違法がある。

一、原判決は第一審における福本順子に対する証人尋問の結果及び本件訴訟において書証として提出している名古屋地方裁判所昭和六一年(ワ)第三三九二号賃料請求事件に於ける同人に対する本人尋問調書(〈証拠〉)によって、乙第一号証について、その文面の内容が母奥村正枝にとって意に添わないものであったと認定している。

二、しかして、右書証(〈証拠〉、確認書と題する書面)は母正枝が父奥村俊二による奥村信幸に対する名古屋市千種区唐山町三丁目五番二の土地(以下本件土地という。)の生前贈与及び上告人会社株式の生前贈与の事実について、真実を明らかにし、かつ右事実を知らない他の一部相続人に真実を書き残す目的で、右信幸に文案を口述して筆記させ、同書面に署名捺印したものである。(従って、原判決が同書面には信幸が文面を書き、正枝は同書面に署名捺印したにすぎないと判示しているのは、明らかに全体の趣旨を誤って解釈しており、不当である。)

三、しかし、順子は右本人尋問調書(〈証拠〉)において、母正枝が反対したのは、正枝自身の名義の土地(名古屋市千種区唐山町三丁目六番の二、同番四、同番五の各土地のことであり、本件土地である千種区唐山町三丁目五番二とは別の土地である。)まで信幸に贈与したとすることであり、本件土地については母正枝はむしろ信幸にこれだけのものは遣りたいと正枝自身もいっていた、ということを供述している。

そして母正枝名義の右土地のことは、同確認書と題する書面(〈証拠〉)の中では全然触れられていないことは明らかである。

また上告人会社の株式の贈与については、順子の右尋問調書では、母正枝の意向については反対とも何とも触れられてはいない。

従って右確認書(〈証拠〉)の「内容」が、福本順子の本人尋問の結果及び〈証拠〉から判断して、正枝の意思に添わなかったものと原判決が認定することは証拠に反する認定と言わざるを得ず、かつそれにもかかわらず原判決がそのように認定する理由は述べられておらず不明であり、原判決には採証法則違反並びに理由不備ないし理由齟齬の違法があるというべきである。

四、よって、原判決は破棄されるべきである。

第三点、原判決には、判決に影響を及ぼすべき亡奥村俊二の遺産分割申立書(〈証拠〉)についての経験則違反及び理由不備の違法がある。

原判決(第一審判決)は、〈証拠〉には、乙第一号証に信幸に贈与されたと記載された物件をも俊二の遺産としている旨判示し、これをもって乙第一号証の記載内容ひいては贈与の事実が認められない理由としている。

しかし、〈証拠〉の名古屋家庭裁判所に対する亡奥村俊二の遺産分割調停申立書は、俊二の死亡後、その相続人間で、遺産分割につき争いがあったので、母正枝が申し立てたものであるが、同女としては、家庭内の紛争につき互譲を旨として当事者の話合により早期に全面的な円満解決を図るべく家事調停申立をなしたものであり、そのため遺産の範囲につき争いのある財産もすべて含めて同申立書に記載したものである。

従って、同書面に記載されたからといって、同女がその財産を俊二の遺産と認識していたと推認できるものではないのである。

ところが、右調停においても、容易に解決せず、むしろ、遺産の範囲が重要な問題となってきていた。そこで、同女としては後日のため、遺産の範囲につき真実をはっきりさせておく必要性を感じていたのである。まさにのそのような目的で、乙第一号証は作成されたのである。このことは、調停申立書が昭和五九年一月三〇日に提出されたものであり、これに対して乙第一号証は昭和六〇年一月二日に作成された書面であり、時間的に約一年ものずれがあることからも裏付けられる。

従って、乙第一号証の記載内容は、真実である。

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